高速OPAMPによるレベル変換アダプタの製作

1. はじめに

とあるIFの検討・実験をするのにあたり10MHzの方形波が必要になった。また、この方形波の電圧値(Vpp)とオフセット値を任意に設定する必要がある。そこで身近にあるファンクションジェネレータ(Agilent33120A)があったので、この出力波形をオシロで観測してみたところ出力振幅:1.8V、周波数:10MHzとしているのに波形は鈍りすぎている。

Photo 1 1 Agilent 33120A
Figure 1 1 33120Aの10MHz出力波形

一応このファンクションジェネレータ(Agilent 33120A)は“15MHz“という表示があったので、少なくとも10MHzはまともな波形になってほしいものである。振幅は1.8Vは実際には2倍された値となる。(GNDから正の部分が1.8Vということなのだろう)
他にファンクションジェネレータになりそうな装置としてAnalogDiscovery2があるが、これも10MHzの出力波形は保証してなさそうだった。

☚AnalogDiscovery2のWave Generatorで10MHzを設定してみたところ、「帯域制限!」のようなメッセージが出た。
オシロで出力波形を見たが、方形波ではなかった。
正弦波で同様のメッセージが出たので、H/W的な制約だと思われる。

他に”SG”と呼ばれる”Signal Generator”を使えばさすがにGHzオーダーの信号を出力することができるが、一般的は正弦波のみしか出力できないものなので、今回の目的には使用できない。

Photo 1 2  AnalogDiscovery2
Photo 1 3 
AD985を使用した USBシグナルジェネレータ

そこで、過去にストロベリーリナックスでAD9851を使用したUSBシグナル・ジェネレータを買っておいたので、この出力波形を見てみた。

この取説を見てみると10MHzで以下のような波形が出力されるとのことなのでこれを使用することにする。
それにしてもこんなショボい基板でもAgilentの33120Aよりはちゃんとした波形が出力できるのでなんだかなぁ・・って思いました。

ただし、このAD9851を使用したUSBシグナルジェネレータでは5Vppの振幅波形のみ出力できないので、昨今の必要な振幅からすると少し大きい。
そこで、せっかくなのでこの出力波形を任意の振幅とオフセット調整できるように改良したいと思います。

2. 力波形レベル変換アダプタの設計

オフセット、振幅を任意に変更するにはOPAMPを使用するのが一般的ではありますが、50MHz程度の信号を扱うにはかなり高速なOPAMPが必要になってきます。 そこでAD8012が在庫にあったのでこれを使用して製作していきたいと思います。

【AD8012の概要】
アンプ1個あたりの電源電流:1.7mA
±5V電源と+5V電源に対して仕様を規定
高出力電流:125mA
高速動作
-3dB帯域幅:350MHz(G=+1)
-3dB帯域幅:150MHz(G=+2)
スルーレート:2,250V/μs
0.1%へのセトリング・タイム:20ns
低歪み
ワースト高調波歪み:500kHz、RL=100Ωで-72dBc
ワースト高調波歪み:5MHz、RL=1kΩで-66dBc
優れたビデオ仕様(RL=1kΩ、G=+2)
微分ゲイン誤差:0.02%
微分位相誤差:0.06°
ゲイン平坦性:40MHzまで 0.1dB
オーバードライブ回復:60ns
低オフセット電圧:1.5mV
低電圧ノイズ:2.5nV/√Hz
8ピンSOICパッケージおよび8ピンMSOPパッケージを採用

3. レベル変換アダプタに要求する仕様

項目内容備考
入力5Vpp、矩形波AD9851USBジェネレータの出力電位仕様
出力オフセット調整範囲-2V~2V3Vppの時に5Vを超えないようにしたいため
出力ゲイン範囲約0.2倍~1倍5Vpp入力時1V~5Vの範囲になるようにする。使われそうなCMOSレベルを想定

4. 基板を作ってみる

Figure 4-1  AD8012AMPの回路図 Ver1

この回路は実は失敗!というのはVR2がFBとして挿入されているところにある。
このような構成にしておくと、OPAMPの入力電位を同じにするように回路は動作するので、VR2で数十Ω~数百Ωになったときに回路に大きな電流が流れ込む可能性があり、OPAMPが破壊される。
熱破壊されるので、この状態は触らないと気付かないし、シミュレーションでは発熱により壊れることがないので、問題に気づきにくい。😥

Figure 4-2 AD8012AMPの回路図 Ver1のパターン図

5. 簡単な設計とシミュレーション

5.1. 入力抵抗が10kΩ時

前の実回路基板での問題があったが、まずは1倍時の回路動作を検証してみる。
以下、一般的によく使われる回路で検討してみる。

図 5-1 基本的なシミュレーション回路図
OPAMP1段目の出力をみただけ。GB積300MHzくらいあるのに10MHz入力でこの出力鈍り波形はちょっとおかしい気がする。
実基板にて入力10MHz,5Vppの信号を入れたときの出力波形。 同様に鈍っていることが確認された。 (実はもともと基板で確認してなぜ鈍っているのか?という問題を発見したことから、その要因分析検討をおこなった。
このOPAMP回路は、1段目は反転増幅回路なので、図 5-1から入力インピーダンスは10kΩとなる。一方、MHzオーダーの信号を扱うときには信号の反射の影響を軽減するため回路の整合を取る場合が多い。いわゆる特性インピーダンスである。高速信号の場合、この特性インピーダンスはす50Ωから数百Ωで使用する場合が多い。
回路諸元の周波数特性は10MHzの地点で約-6dB このf特では上記のような過渡特性波形になるようだ。 このように入力抵抗が大きくなると周波数特性が低下するのはOPAMP入力段にある寄生容量の影響が出てくるためである。
その裏付けとして以下の表からAD8012の入力端子の寄生コンデンサの浮遊容量が約2.3pFだということがわかる。ここに入力抵抗が10kΩを使用すると、CRローパスフィルタと等価となる。
Table 5-1 AD8012の入力特性仕様の一部抜粋
Graph 5-1 CRフィルタとしたときの周波数特性 

OPAMP AD8012の入力段をCRフィルタとみなしたとき、Graph 5-1に示すように周波数特性はほぼAD8012のシミュレーションとも一致し、また実機の測定とも一致することが分かった。
周波数特性をよくするためには、CR時定数τの値をなるべく小さくしたい。この寄生容量”C”の値はデバイス依存なので、Rの値をなるべく小さくすればいいように思われる。

5.2 入力抵抗が100Ω時

例えばここで仮に特性インピーダンスの狙い値を100Ωだとすると、図 5 1で回路GAINを1倍としたときR2, R6を100Ωにすることで実現できる。

図 5-2 入力インピーダンスを100Ωに変更した回路
OPAMP1段目の入出力波形がほぼ同じなることが分かった。 ただしOPAMPの発熱がヤバイ! この要因は次章で述べる。
この時の周波数特性は10MHzの地点で約-6mdBの低下であり、全体の中でのf特としてはほぼ劣化がないように見える。 50MHzあたりでも違っているので、それがリンギングとして見えているのだろう・・・

5.3 入力抵抗が1kΩ時

R2, R6を1kΩにする。回路Gainは1倍

多少鈍っているが、OPAMPの発熱とのバランスを考慮するとこの程度妥協することにする。
この時の周波数特性は10MHzの地点で約0.2dBの低下、 以外のこの低下量でも見方によっては出力波形がなまっているように思う。

5.4消費電力問題

前章のシミュレーションの結果から入力インピーダンスを下げてOPAMPの入力段の寄生コンデンサの容量の影響を少なくし、その結果アンプの周波数特性がよくなることはわかった。
従って、「入力抵抗を100Ωにすればいいんじゃない!」と考える。
しかし、そこでも別の問題があり簡単ではない。次にその課題について説明する。
まず、OPAMPの反転増幅回路の基本動作についておさらいしておく。

☚のOPAMP回路の増幅率は( R2 / R1 )倍です。
この回路では、R1=10kΩ、R2=100kΩとしているので、( R2 / R1 ) = ( 100k / 10k ) = 10倍と計算できます。
なぜ増幅率を( R2 / R1 )で計算できるのか、オペアンプ反転増幅回路の動作原理と共に解説します。

  • 抵抗R1と抵抗R2に流れる電流は同じ
  • オペアンプの入力端子の電圧は同じ(イマジナリーショート)

オペアンプの-端子(マイナス端子)と+端子(プラス端子)は同じ電圧で、+端子はGND(0V)に接続されています。
よって、オペアンプの-端子は0Vになります。

また、抵抗R1に流れる電流は、オームの法則より
抵抗R1に流れる電流 =( Vin - 0V )/ R1 = Vin / R1
となり、抵抗R2に流れる電流は、
抵抗R2に流れる電流 =( 0V - Vout )/ R2 = - Vout / R2
と計算できます。
オペアンプの-端子は、入力抵抗が非常に大きいため電流がほとんど流れません。
そのため、抵抗R1に流れる電流は、ほとんど抵抗R2に流れていきます。
つまり、抵抗R1に流れる電流と、抵抗R2に流れる電流は同じです。
抵抗R1に流れる電流 = 抵抗R2に流れる電流
⇒ Vin / R1 = - Vout / R2
⇒ ( Vin / R1 ) × R2 = - Vout
⇒ ( R2 / R1 ) × Vin = - Vout
⇒ Vout = - ( R2 / R1 ) × Vin
と計算でき、オペアンプ反転増幅回路の増幅率は( R2 / R1 )倍になるのです。

オペアンプ反転増幅回路という名前の通り、「反転」なので-(マイナス)があります。
つまり、Vin=10mV、( R2 / R1 ) = ( 100k / 10k ) = 10倍だったら、
Vout = - ( R2 / R1 ) × Vin = - 10倍 × 10mV = -100mV
と計算でき、入力電圧Vinに対して、逆の符号の電圧Voutが出力されます。

仮に入力電圧Vin=1Vを考えてみます。
入力抵抗が小さかったら周波数特性がよくなるので、抵抗R1=1Ω、抵抗2=10Ωとしたとき、
Vout = - ( R2 / R1 ) × Vin = - ( 10 / 1 ) × 1V = - 10倍 × 1V = -10V
と計算できます。

このとき、抵抗R2の消費電力はどのくらいでしょうか?
抵抗R2に流れる電流は、
抵抗R2に流れる電流 =( 0V - Vout )/ R2 =( 0V - (-10V) )/ 10Ω = 10V / 10Ω = 1A
なので、抵抗R2の消費電力 = R2 × 抵抗R2に流れる電流^2 = 10Ω × 1A^2 = 10W
と計算できます。この10Wは回路サイズからしてとんでもなく大きな発熱量です。デバイスもすぐ発火して昇天します!

ちなみに、抵抗R2=100kΩだと、
抵抗R2に流れる電流 =( 0V - Vout )/ R2 =( 0V - (-10V) )/ 100kΩ = 10V / 100kΩ = 0.1mA
なので、
抵抗R2の消費電力 = R2 × 抵抗R2に流れる電流^2 = 100kΩ × 0.1mA^2 = 0.01W
という値になります。
消費電力0.01Wなら、それより大きい定格電力の抵抗をカンタンに用意できますね。
よって、抵抗値は使用する周波数が100kHz以下の程度の使用範囲であれば一般的に1kΩ~100kΩで使用すると良いです。
ちなみに非反転増幅回路は入力ピンに抵抗を入れる必要がないので、反転回路よりも周波数特性がいい傾向がある。(実際そうなんですけど)非反転回路はGainを1以下にできないので、今回1倍以下のレベルにしたいため非反転回路は使用できない。

ここでLTSpiceによる消費電力の見積もりを見てみることにします。
例えば見たいデバイスの上にマウスカーソルを置いて、そこで[Alt]+[マウス左クリック]すると”
温度計”マークが出て、対象とするデバイスの消費電力がグラフにプロットされます。

Graph 5-2 図 5 2回路の初段OPAMP(U5)の消費電力を観測したシミュレーション
 図 5‑2のR2,R6の抵抗値(Ω)Graph 5‑2の赤丸の部分の消費電力(mW)
100127.6
1k45.0
10k38.3
※波形が鈍るので8割高のところを観測
Table 5-2各入力抵抗値における消費電力値

上記の消費電力の結果と周波数応答のバランスを鑑みて、入力抵抗を1kΩにする。

6. 基板製作と組み立て

これまでの諸元検討を踏まえて以下の回路にすることにした。
また、電源は±6Vが必要でため別途正負電源DCDCデバイス(LT3471)を使用する。

回路図 6-1 レベルGIAN、オフセット調整アンプアダプタ回路
  • R7はOPAMPの消費電力に大きく影響するため固定値とした。
  • R5はVR2=0になっても1倍以上のGAINがでないように追加した。
回路図 6-2 5V→±6V電源回路部
※最初のパターンをジャンパー改造している
5V→±6V電源生成部
基板の裏面
DDS-USB基板とレベル変換基板をケースに入れて完成!

7. 出力波形の確認

本機AMPによりオフセット、ゲイン調整・出力波形を取ってみました。

※入力オシロプローブをつなぐと出力波形が少し歪むようだ
10MHz 1Vpp入力に対して5倍の出力設定
1V 25MHz入力→1V 波形
1V 25MHz入力→5V 波形

☚50MHz、5Vpp出力設定時の波形
ここまでくると入力波形自体が歪んでくる。
また出力GAINも低下してくる。

DL7200オシロで25MHz、1Vpp出力を観測
DL7200オシロで25MHz、4Vpp出力を観測

8. まとめ

周波数の高い領域でOPAMPを使用する場合、特性インピーダンスや入力段の寄生容量などの通常気にしないOPAMPの特性を気にする必要が出てくる。
使用する目的に合わせた設計をすることが重要である。

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